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思考の雑記帳

たまになんか書きます。多分。

『君の名は。』と『前前前世』の解釈 ※ネタバレ有

時事 雑記

 新海誠 監督作品の映画『君の名は。』を観てきました。とても楽しかった。しかし、ある疑問が。

前前前世って何だ!?

 前前前世とはもちろん、RADWIMPSによる主題歌『前前前世』のことですが…物語との関連はどうなっているんだ??

 RADWIMPSはこの映画の音楽を担っており、適当に歌詞をつけているとは思えませんし、少なくとも、PVやCMでバンバン流れてくる主題歌の一番キャッチーなところが物語と何の関係もない、ということは考えにくいでしょう…。

 というわけで以下、私の勝手な解釈です。別に何かそういう類の解説を見たとか、監督やRADの説明を聞いたとかそういうことは全くないです。独自解釈です。当然ですが、映画の内容に関してネタバレ有です。

 

前前前世ってなんやねん

 とりあえず「前世」という意味でしょう。これが「遠い前世」なのか、単に語呂がいいから「前前前世」としたのかは、少し悩むところではありますが、「前世」という意味があることは間違いないでしょう。前×3ということで三世代前の前世、ということまでは考えなくてもよいかと思います。もちろん、「前世 = 去年」と考えて「前前前世 = 3年前」と考えるのも無理があるでしょう。

 さて、この「前前前世」という言葉は歌の中ではどのように使われているのでしょうか。

“君の前前前世から僕は 君を探し始めたよ”

 そう、このフレーズですね。PVで何回聴いたかわかりません。

 とはいえ、物語の中では時間のズレなどが描写されてはいるものの、互いの前世がどうこう、という話は全くありませんでした(先祖の話は多少ありましたが)。そのため、素直に受け止めればこのフレーズはせいぜい、「遠い前世から君のことを探していたような気がするくらい、君のことが好きだ(愛している)」といった意味であり、まあ「運命の出会い」についての歌詞、ということになるかと思います。まあよいでしょう。少なくとも物語との矛盾はないし、「運命の出会い」であるというのも納得はできます。だがしかし。やや物足りないのです。「運命の出会い」であるのはよい。しかし「前前前世」というキャッチーなフレーズを、こんな単純なありがちな意味に還元していいのだろうか。もう少し、物語の解釈にクリティカルヒット (?) させることはできないのか。

2人は生まれ変わっている

 そう、これが私の解釈です。

 まず、瀧と三葉が物語序盤でいた世界線は「糸守町民が助からない世界」です。これを「世界A」としましょう。一方、物語の最後では、2人は明らかに「糸守町民が助かる世界」にいます。これを「世界B」と呼びます。

 世界A: 糸守町民が助からない世界

 世界B: 糸守町民が助かる世界

 ひとつ注意すべきは、世界Bが登場するまで、2人は世界Aの、単に違う時代にいただけ、ということです。どういうことかというと、この2人はそもそもまったく違う世界、すなわち三葉の世界の3年後と瀧のいる世界の3年前が繋がっていないような世界(パラレルワールド)にいた、という発想もあるわけです。しかし、この可能性は薄いと考えています。というのも、三葉は一度瀧に会いに行って「組紐」を渡しました。そして瀧はそれをずっと持っていました。これはすなわち、2人のいた世界が過去と未来として繋がっていることを示唆します。では世界Aと世界Bの関係はどうなっているのでしょうか。

 物語の舞台が世界Aから世界Bに移る瞬間というのは、瀧が御神体の祀られている場所に行き口噛み酒を飲んだところです。ここをシーンごとに整理してみましょう。

 

1) 瀧が三葉の手がかりを探しに御神体のもとまでいく [世界A]

2) 瀧が、三葉の身体に一時的に乗り移る [世界B]

3) 瀧・三葉が元の体が戻る [世界B]

 

 瀧が口噛み酒を飲んで三葉に乗り移った時点で、物語の舞台は世界Bに移っています。瀧が元の身体に戻って、3年前の三葉とやりとりをしているところでは、瀧はまだ世界Aの記憶を引きずっていますが、その後はもうその記憶を失っています。

 さて、私の解釈では、3)の時点ではもう2人は生まれ変わっています。…何を言っているんだ、という人もいるはずですよね。もう少し説明しましょう。

 素直な解釈はこうではないでしょうか。「2人は生まれ変わっていない (= 身体や記憶や経験は基本的には連続的である) が、世界の方が変化した」。3)のあとすぐは世界Aの記憶が残っていますが、これも結局「修正」されはします。しかしあくまでも「修正」であり、やはり2人は本質的には変化していないという解釈です*1。ただ、おもしろくない。私としては『前前前世』にこじつけたい。そこで、もう一つの解釈の可能性を考えます。それはこうです。

2人を含め、世界が変わった
(もしくはまるっきり違う世界に舞台が移った)

そう、「2人を含め」です。以下では簡単のために瀧視点で説明します。この解釈では、世界Aの瀧(の身体・記憶・経験)と世界Bの瀧(の身体・記憶・経験)の同一性には何ら必然性がありません。一見すると、あるいは外(観客)から見ればよく似た世界ですが、それはたまたまなのです。この場合、世界Bの瀧は、あくまでも世界Bの住人であり、糸守町の死亡者名簿などは読んでいません。この解釈の場合、世界Bの人にとって、世界Aは本来全く関係ない世界です…ですが、なぜか主人公2人にとっては関係があった。そこに「ムスビ」があるのではないでしょうか*2

 そして世界Aの瀧は死んでいます。あるいは、まさに世界Bの瀧として生まれ変わっています。単に「記憶を修正された」「事実が変化した」というレベルではなく、2つの世界の人々は「まったく異なる」のです。しかしながら「魂」だけは不思議な同一性を保っています。ここでいう「魂」とは、「私が、あいつでもなく、そいつでもなく、この私であること」です*3

 物語を最初から見ていると、圧倒的に世界Aの話をしている時間が長いので、世界Aの人々がある意味で「いなかった」ことにされるのは少々心苦しいですが、そもそもこの物語の真の舞台は世界Bです。世界Bにおいては、本当に何の関係もないといっていいはずの世界Aの「記憶の痕跡」を、なぜかもっている2人がお互いを探し求める、そういうところにこの物語の真の美しさがあるのではないでしょうか。

前世と結び

 そういうわけで、世界Bの瀧・三葉にとっては、世界Aで瀧・三葉と呼ばれていた人物は「前世」である、という解釈が成立します。そうすると、

“君の前前前世から僕は 君を探し始めたよ”

このフレーズがより一層に、響いてきませんか。

 

 

 ……もう一度だけ言っておきますが、個人的な勝手な超解釈ですので、あとから公式設定が発表されてそれと食い違っていたとしても、責任は負いません。単に解釈の可能性として楽しんでいただけたら幸いです。

 もういっかい観に行きたいなー

*1:ただこの解釈の場合、世界Bの瀧にとっての過去の経験を、あの瀧は本当に経験しているのか(例えば、世界Bでの瀧は「糸守町の死亡者名簿は読んでいない」ことになりますが、実際に主人公の瀧は「読んでいない」のかどうか)という疑問が残らないではないですが。まあそれでも何とか説明はできるでしょう。ともかく、こうした解釈もアリだとだとはは思います。

*2: 3)のあとカタワレ時のとき、瀧は組紐を三葉に渡しているので、世界Bの瀧もなぜか組紐を持っていたことになります。この組紐は当然三葉からもらったものと考えるべきなので、世界Bでも入れ替わり自体は起こっていたのでしょう。

*3:たとえば目の前に、記憶までもすっかりコピーされた私のクローンがいたとしても、そいつの「魂」は私の「魂」とは異なるのではないでしょうか。なにしろ、そのクローンを殴っても「私」は痛くないのですから。