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思考の雑記帳

たまになんか書きます。多分。

文学は他者理解の助けとなるか

 「文学フィクションを読むことは心の理論を促進させる 」という記事がScience誌にあった*1。面白そうだったので少し紹介したい。(文学部の学生は就活でのアピールに使えたりして。)

 

要約

 この記事によれば、ノンフィクションを読ませた被験者・ポピュラーフィクション(大衆小説)を読ませた被験者・何も読ませなかった被験者と比較したとき、文学フィクションを読ませた被験者は、心の理論(他人の心理状態を理解する機能)にかんするテスト*2で好成績を収めたという。

 つまり、文学フィクションは、少なくとも一時的には、「相手の心が分かる」機能を向上させる(という仮説を支持する結果が出た)と解釈できる。

 

文学フィクションとは

 ところで、ここで言及されている「文学フィクション」とはなんであろうか。ポピュラーフィクションと何が違うのだろうか。この論文のなかでは、とりあえず受賞歴や専門家の評価によって判断しているようだ(少なくとも、ベストセラーになるようなロマンスものや冒険ものはポピュラーフィクションに分類されるらしい)。

 ただし、文学フィクションの特徴として、たとえば重奏的(ポリフォニック)であるとか、一定のステレオタイプや単一的な価値観によっては汲み取りきれず、読者の予想どおりには簡単にいかないためにより能動的な読みを求められる、といったことを指摘している。

 また、文学フィクションの世界に登場する人物の内面は、現実生活においてと同じように分かりづらく複雑であるが、現実のようにリスクを取ることなく現実のように複雑な他者の心を推し量る機会を提供している、といったような考え方も提示している。

 とはいえ、なぜ文学フィクションが他者理解の機能を一時的とはいえ向上させるのかのメカニズムは明らかになっていないようだ。

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その他

 この他にも、読書と対人関係の研究はいくつかあるようで、たとえば、読書好きは対人関係が苦手であると捉えられがちだが、そうした考え方はすくなくともフィクションをよく読む人には当てはまらないのではないか、といった結果を報告するものもある*3

 文学は役に立たない、といった主張は実は認知心理学的な側面からも疑う余地があるのかもしれない。

 

参考:『文章理解の認知心理学』(2014、川崎恵理子誠信書房

*1:"Reading Litrary Fiction Improves Theory of Mind" http://science.sciencemag.org/content/342/6156/377.full

*2:Reading the Mind in the Eyes Test (RMET) というテストによって主に評価している。これは、人の眼の部分だけを切り取った画像をみて、その人の感情を答えるというテストである。英語版だが

https://www.questionwritertracker.com/quiz/61/Z4MK3TKB.html

で体験できる。またpdfをzipにしたものではあるが、日本語版は

https://www.autismresearchcentre.com/arc_tests

からダウンロードできる(Eyes Test (Adult) の上から15番目くらい)。英語版を翻訳したものであるから、これを見ながら上記の英語版の問題を解いてみるのもよいかもしれない。

*3:"Bookworms versus nerds: Exposure to fiction versus non-fiction, divergent associations with social ability, and the simulation of fictional social worlds" http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S009265660500053X